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懇親会

05 30, 2013
終演後、懇親会が開かれました。
不二子さんを囲んで楽しいお話と美味しいお弁当
スタッフの方が焼いて来て下さったシフォンケーキ
そして北原白秋が好きだったと言う松坂屋のコケッコーも...
色紙にサインも頂戴し盛沢山の一日

不二子さんは翌日みみづく幼稚園で講演を行い
箱根にて雨情桜の植樹もされました。

北原白秋が多くの詩を残した小田原、箱根へ来ることが実現して本当に良かったと
大変喜んでくださり、充実した3日間を過ごされ茨城へとお帰りになりました。



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Office Ozawa Staff
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童謡詩人・野口雨情の世界ご報告

05 29, 2013
スタッフ よりご報告

野口雨情の直孫、不二子さんをお迎えして開催した講演音楽会
お陰様で沢山のお客様にご来場頂きまして無事終える事が出来ました。
これ迄私達が知り得なかった、詩作秘話など貴重なお話を伺い
野口雨情の童謡をより深くそして身近に感じるようになりました。

野口雨情プログラム



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ゲスト/野口不二子 聞き手/竹村忠孝
ソプラノ/島田澄子 ピアノ・篠笛・歌/小澤一

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祖父、野口雨情が尊敬していた北原白秋が多くの童謡を残した小田原、箱根に
来る事が実現出来て嬉しいと仰られた不二子さん
又、本番前には小田原市長とも会談。
北原白秋と協働する事で詩心教育を日本全体に発信していきたいと語られました。
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野口雨情の世界 豆知識 Part 7

05 17, 2013
しゃぼん玉 野口雨情作詞 中山晋平作曲

しゃぼん玉飛んだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで  こわれて消えた
しゃぼん玉消えた  飛ばずに消えた
生れてすぐに こわれて消えた
風 風吹くな しゃぼん玉飛ばそ


しゃぼん玉飛んだ 屋根より高く
ふうわりふわり  つづいて飛んだ
しゃぼん玉いいな お空にあがる
あがっていって かえってこない
ふうわりふわり しゃぼん玉とんだ


「生れてすぐに こわれて消えた」
とあるようにはかなさを感じる部分もありますが

実は、この詩を書いた野口雨情の悲しい出来事が
背景にあって書かれた詩なのです。

野口雨情は
一人目の子どもをを生まれて8日目で亡くし
そして次の子どもも3才で亡くしてしまいました。

そのような悲しみを背景に書いた詩がしゃぼん玉

しゃぼん玉飛んだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで こわれて消えた

は、生まれて3才まで生きた子どものこと

そして

しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた
生れてすぐに こわれて消えた

生まれてすぐに亡くなった子どものことを歌っている

そして、

「風風吹くな、しゃぼんだまとばそ」
は無事、魂が天国まで届いて欲しいという願いが
込められているという。


しゃぼん玉いいな お空にあがる
あがっていって かえってこない

子ども達の魂が天に届いたと思って書いているのではないかと言われています。

子供の頃はこの歌の持つ意味もわからず
何となく楽しい光景を思い浮かべて歌っていたものですが
本当は野口雨情の切ない想いが秘められていた歌なのです。

しかし楽譜には「ゆかいに」と書いてあるように

作曲した中山晋平さんは明るい曲として書かれています。


ですからこの詩の持つ深い意味とは裏腹に
しゃぼん玉に対する明るい歌というイメージは
間違いではありません。

Office Ozawa Staff
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野口雨情の世界 豆知識 Part 6

05 15, 2013
船頭小唄」についてのエピソード

実はこの詩を受け取った中山晋平はなかなか作曲にとりかからず
雨情が何度か催促をしても半年たっても出来なかったそうです。

雨情が作曲出来ない理由を聞くと
「あまりに暗い歌なので作曲が出来ない」と...

一年半かかってようやく出来た曲の題名は
「枯れすすき」から「船頭小唄」に改められました。

中山晋平が苦心した末に作り出したメロディは
「どうせ二人はこの世では」の部分にある全曲の中心になっている
ヨナ抜き短音階の中に巧みに日本の伝統的な音楽に使われる都節(みやこぶし)
音階の節まわしを溶け込ませるというのが特徴
これが人々の胸を打ったと言われています。

中山晋平はピアノも三味線も出来る人なので
こうした和洋折衷を巧妙に考えられたのだと...

しかも、低いドで終わったメロディが、
ここで一オクターブ高いレに跳躍して始るのは
あまり例がなく強く印象づける要素にもなっていて


この都度的ヨナ抜き短音階が
晋平節としてこの後に続く歌謡曲など
流行歌の最初のパターンになったと言われているそうです。

童謡新聞(北原白秋号)「心の故郷」133号より

Office Ozawa Staff
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打ち合わせ

05 15, 2013
「野口雨情の世界」演奏会いよいよ今週末となり最終打ち合わせを行いました。
プログラム、歌詞カード、タイムスケジュール等入念にチェック。
不二子様は本番当日、到着後小田原市長と会談
翌日は北原白秋ゆかりの伝肇寺みみづく幼稚園にて講演
その後、箱根へ向かわれ雨情桜の植樹と多忙なスケジュールをこなされ
茨城へとお帰りなられます。
お陰様でチケットも完売となりました。
沢山のお客様と不二子様をお迎えする事が出来ます事を出演者、スタッフ一同
大変嬉しく感謝申し上げます。
会場で皆様にお目に掛かれます事を楽しみにしております。



Office Ozawa Staff
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みかんの花

05 14, 2013
今年もみかんの花の季節になりました。良い香りが漂っています。



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野口雨情の世界 豆知識 Part 5

05 12, 2013
船頭小唄

これは雨情自身の「枯れすすき」の境遇が重なり生まれた詩

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作詞:野口雨情
作曲:中山心平

1.おれは河原の枯れすすき 同じお前も枯れすすき
 どうせ二人はこの世では 花の咲かない枯れすすき
 
2.死ぬも生きるも ねえお前 水の流れになに変わろ
 おれもお前も 利根川の 船の船頭で暮らそうよ

3.枯れた真菰(まこも)に照らしてる 
 潮来出島(いたこでじま)のお月さん
 わたしゃこれから 利根川の 船の船頭で暮らすのよ

4.なぜに冷たい吹く風が 枯れたすすきの二人ゆえ
 熱い涙の出た時は 汲んでおくれよお月さん

生家の片づけに追われる一方、断水した被災者の住宅へ水を運び
炊き出しなどのボランティアにも励む不二子さんは時折

雨情が作詩した「船頭小唄」を口ずさむ。

「この詩は苦しい世の中から脱出したいとの思いで書いたと

受け止められているが雨情さんがどん底の時期に

自分も弱者という立場で、ともに生きようという希望を込めている」と


不二子さんは被災者への思いを祖父の詩に重ね合わせる

Office Ozawa Staff
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ミントハウス 第2弾

05 11, 2013
江ノ島ミントハウスさんでの第2弾
6月22日(土)14:30より五條詠二さんとのコラボが決まりました。

五條さんは創作舞劇、和太鼓、殺陣なども研究、様々なジャンルのアーティストや舞台役者
芸術家の振付などを手掛け、日本舞踊という垣根を越えて国内外で活躍されている舞踊家

今回も初めての挑戦!
どんなコラボになるのか、乞うご期待!

打ち合わせ後は大好きなコンガを楽しませて頂きました。




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野口雨情の世界 豆知識 Part 4

05 10, 2013
野口雨情生家・資料館

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茨城県北茨木市、磯原の海を望むように建つ雨情の生家は

「観海亭」と呼ばれ今でも多くの人が訪れています。

しかし、東日本大震災の津波による被害を受けました。
野口不二子さんがその時の様子を語っています。



復旧作業に追われる野口不二子さんは

「泥のついた遺品も、傾いた柱もみんな見てほしい。
痛みを知り、涙を流すことで、人に優しくできるはず」と

全国から訪れる雨情ファンに再開を誓う。

5/1より一般公開を再開しているそうです。

震災の日、敷地内に併設する資料館にいた不二子さんは
資料の一部を何とか2階迄運びその後高台に逃れ

生家を祈るように見守った。

「私の時に雨情さんの家をダメにしてしまう」と
絶望的な気持ちになったという。

屋根瓦が崩れ落ち、障子が破れ、柱が傾いた。
雨情の直筆の手紙や着物は泥水の中に浮かんでいた。


雨情が創作活動にふけった2階は古いランプが落下し
板張りの床にゆがみが生じたが
壁に掛けていた雨情と妻ヒロの肖像画は奇跡的に無傷で残っていた。

不二子さんは

「雨情さん、あなた頑張ったのね。家を守ってくれたのね。ありがとう」と
2人の肖像画に手を合わせ

「住む家を失った人がいることを思うとやり切れないが、
いつまでも沈んではいられない」と生家の立て直しを決意した。

2011年4月17日 読売新聞記事より

Office Ozawa Staff
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野口雨情の世界 豆知識 Part 3

05 09, 2013
野口雨情の世界 豆知識 Part 3

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「黄金虫」

作詞:野口雨情 作曲:中山晋平

1.黄金むしは金持ちだ
 金藏建てた藏建てた
 飴屋で水飴買って来た

2.黄金むしは金持ちだ
 金藏建てた藏建てた
 子供に水飴なめさせた

お金持ちだった幼少期

忘れもせぬ、それは私の3、4歳の自分でありましたろうか、
その頃村へは毎日のように飴屋が来ましたが
飴を買って貰うだけでは承知が出来ず、
飴屋の真似がしたくて堪えられなくなった私は
飴屋の飴箱を買って呉れと言い出したものです。

これには飴屋も困ってしまい
違うものをこしらえてやるからと言う両親
一度言い出したら最後、なんとしても引かぬ私は頑として聞き入れないので
仕方なく大工に新しいのを作らせそれを飴屋に与えることにして
とうとうその飴屋のを譲って貰ったものです。

雨情の手記・幼少の思い出が書かれた婦人倶楽部二月号より

いつの時代にもありがちな
お金持ちのおぼっちゃま像が浮き彫りにされたエピソードですね。

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小澤一の徒然日記

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